2026/10/16 18:34
White Kings 店主です。
今回はOMEGA以外のモデル紹介です。


当店はOMEGAやスイス製の時計を
都合の良い解釈で神格化したくない、
と常々考えています。
ゆえに当店ではOMEGAに関連する、
あるいはコンセプトが近い
他ブランドのモデルを定期的に扱います。
OMEGAを褒め称えるだけが愛情ではない。
OMEGA以外を見ることによって
初めて見えてくるOMEGAの世界がある。
当店はそう考えています。
そこは人間関係にも少し似ています。
Xでも少しお話をしましたが、
デザインはその時計が何者か示す
一種のバロメーターだと捉えています。
『ちゃんとしたメーカー(ブランド)って何か?』
と問われたとき、
私たち時計店はブランドが持つコンセプトを
真っ先に確認します。
そしてブランド哲学と生み出す商品に
一貫性があるかをよく観察します。
例えば当店は1930年~1970年代頃までの
ヴィンテージOMEGAの取り扱いに徹しています。
この辺りの年式はOMEGAとしての
ブランドコンセプトが非常にはっきりとし、
たとえメーカーロゴが隠してあっても
『OMEGAだな』とわかる見た目をしています。


これは特徴的なデザインを間違い探しのように
見つけるわけではなく、
OMEGAは腕時計の存在をどう捉えているのか?
どのような層に届けたいと思っているか?
人が時計を使いこむための機能性や美を
どういう風に捉えているか?
を先に理解しておくことで、
デザインや質感でどのブランドかを
読み解くことができます。
元々店主は時計のデザインを
『暗記』で覚えていました。
このモデルにはこのデザインの組み合わせ。
この年代にはこの針はこの素材。etc...
細かいディティールの『答え』を無数に暗記し、
脳内で答え合わせをしていました。

コレクターは結構な確率でこんな感じなのですが、
受験で苦労したことがある方はご存じの通りで
これは模試の丸暗記みたいなものです。
こういう問いのされ方だったら、この選択。
この解説は以前読んだことあるから、これ。
これらはあくまで『答え』の暗記です。
点数を出すことはできるが、
自ら考え出す力には繋がりません。
どうやってその答えが導き出されるか?
そもそもその設問の意図は何なのか?
その『解き方』は最後まで分からないままです。
時計も記号的な暗記を行っていると
同じメーカーにもかかわらず
未知のモデルに遭遇した途端に混乱します。
他のメーカーの腕時計で
明らかに不自然な部分があっても、
『このメーカーはそんな感じなのかな』
で終わってしまいます。
なぜそうなっているのか?
この時代はどんな時代背景があったのか?
当時の作り手は何を考えていたのか?
どんな人に着けてほしかったのか?
この時計をどんな層が欲していたのか?
それを知っていると知らないとでは、
時計をピックアップする眼にも
天と地ほどの差が出ます。
店主は情報を点で保管することをやめ
『なぜ』を問うようになった時、
初めて時計の姿がはっきりと見えました。

以降は自分たちが時計を通して
何を届けたいのかも、
はっきりするようになりました。
当店が紹介するブランドは
単にOMEGAと関連しているか? より、
ヴィンテージOMEGAが持つ
『人が使い込むことを考えた時計』という
モノ作りの哲学が近いかどうかを見ています。
そこから外れるモデルは
OMEGAと関連があっても取扱いませんし、
それはOMEGA自身も例外ではありません。
【関連コラム】
ですので当店は
『OMEGAなら何でもあるお店』
になることはこれからもないと思っています。
これは当店なりのOMEGAへの
愛情の示し方だと感じています。
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当店はOMEGAの”近似”モデルとして
Grand Seiko の1stモデルを何度か取り上げました。
Grand Seikoは当時の開発段階で
OMEGAのデザインを参照にすることが
明記されていました。
OMEGA(のSeamasterとConstellation)の
存在がなければ、
おそらくあのGrand Seikoのスタイルは
成立していなかったと言えます。


そして今回は、
当時国産時計トップの座を争っていた存在。
それがSEIKO社のライバルである
CITIZEN(シチズン社)のモデルに触れます。
CITIZENの最高峰モデルであり、
打倒スイス時計としてSEIKOと共に
高級国産時計の礎を築いた
『シチズン・クロノメーター』です。

シチズン・クロノメーターは
Grand Seiko(セイコー製)
Grand prix Orient Special(オリエント製)
に続く第三の国産最高峰として
1962年11月にデビューしました。

開発構想自体は1958年頃から存在し、
Grand Seikoのデビューから2年近く遅れて
市場に投入された形になります。
シチズン・クロノメーターは
Grand Seiko 1stと異なり、
直接的にOMEGAを影響を受けた
モデルではないとされています。
しかしOMEGAの設計思想と驚くほど
共通点があり、
”Grand Seiko以上にOMEGAに近い”
という面白い逆転現象が起きています。

このシチズンクロノメーターは、
高級国産時計の中でも先駆けて
ステンレススチールを外装に組み込んでいます。

当時は
『金張り(金の分厚い層を熱と圧力で張り付ける製法)』
が金無垢に準じた高級な仕様と認識されており、
ステンレスと金張りには大きな価格差がありました。
『ステンレスにも高級はある』
という概念はOMEGAを始めとする
スイス製時計には既に根付いており、
シチズンはそれを踏襲した形になります。

日本では実用特化(≠高級)の印象が強かった
ステンレスを高性能/当耐久の証として
高級時計の新たな在り方に組み込んだのは、
実はグランドセイコーではなく
シチズン・クロノメーターであった。
という点は非常に興味深いことです。
これは当時のCITIZENが国産3モデルの中で
最も先進的な価値観を時計に与えていた
とも言い換えることができます。
改めて時計を目にすると、
目に飛び込んでくるのはその堂々たる外装。
この力強いラグには少し既視感があります。

シチズン・クロノメーターの前身は
シチズン・デラックスというモデルです。
シャープで繊細な印象のデラックスは
いかにも初期の国産時計”らしい”印象でした。
シチズン・クロノメーターでは
一気にそのボディに迫力を持たせ、
Grand SeikoともGrand prix Orientとも異なる
『マッシヴさで高性能をあらわす』という
方向に舵を切っています。
結果としてSeamasterらも提唱した
『信頼性/丈夫さを外観で体現する』
というデザインの方向性に近づいています。

迫力ある大ぶりなボディ。
この時代としては直径37mmという
規格外に大きなサイズを採用しています。

これはデザイン性のみならず、
後述する手巻きムーブメントの
設計も影響しています。
とはいえこの大柄さはCITIZEN側も
ある程度意図しているはずで、
時計が持つ身体的特性を性能に直結させる。
というデザイン思想が見え隠れします。
大柄なボディを信頼感の演出に用いるのは、
現代時計の表現方法にも似ています。
文字盤。
今回ご紹介しているのは1964年製です。

当時の国産3モデルの中で最もモダン。
ボディの作り込みから連続する
一種の構造物のような構築感です。
表面の放射状に輝く仕上げと
時字(インデックス/文字盤装飾)の反射は
プリズムのような光の描き込みです。

Chronometer級の精度を示すモデル名。

Chronometer表記は
Grand Seikoにも刻まれていますが、
Grand Seikoは実際にはスイスの検定を
通していない独自規格であったのに対し、
シチズン・クロノメーターは
スイスの”クロノメーター優秀級”の検定に
合格した『本物のクロノメーター』です。

当モデルの見せ場である、裏蓋のメダリオン。

抽象化されたオオワシは王冠を冠り、
王笏(おうしゃく)のようなレガリアを
脚に携えています。
Grand Seikoが陸の王者である
”ライオン”をシンボルマークとして
ボディに刻み込んだのに対し、
CITIZENは空の王者である
”オオワシ”をシンボルマークとして
ボディに埋め込んでいます。

Grand Seikoのメダリオンは
OMEGAのConstellationや
Seamasterといったスイス時計の
裏蓋を直接的に意識していますが、
シチズン・クロノメーターは
Grand Seikoを意識する中で
間接的にOMEGAらの表現にも
似てきているという構図も面白いです。
Grand Seikoの少しおおらかさも感じる
ライオンのメダリオンに対し、
シチズン・クロノメーターのそれは
抽象化されているのに驚くほど緻密です。

ヨーロッパの紋章を模したと思われる
荘厳で精細なディティール。
歴史的にも特筆すべきクオリティです。
Grand Seikoのライオンが
日本製時計の誇らしさならば、
翼を広げる大鷲から受ける感情は
『畏怖』といったところでしょうか。
内部には大柄の体躯に似つかわしい
大型の手巻きムーブメントが搭載されています。
CITIZEN自社製のCal.0400。

そのムーブメントの直径はなんと30mm。
OMEGAの『30mmキャリバ―』と同じ直径です。
先のとおり、国産時計で初めて
クロノメーター検定の”優秀級”に合格した
記念すべきムーブメントです。
ムーブメントの直径を最大化させ、
安定した耐久性と高い精度を求めて
合理化された設計は、
完全にクロノメーター検定への
合格を見据えています。
内部に使用されている人工ルビーの数は31個。


機械式時計は金属同士の摩耗を
抑えるため人工ルビーを使用します。
当時はその石の数が多いほど
長期使用を考えた仕様=高級時計
という構図でした。
シチズン・クロノメーターは
他社が石の数を抑えようとする中
諸々のコストを度外視し容赦なく
31石という『多石仕様』で
Cal.00400を搭載してきました。
CITIZENは1958年の時点から、
世界基準の腕時計の開発を本格化させています。
つまり4年の歳月をかけて
このムーブメントを開発しています。
日本の時計は長らくスイス時計の
模倣として見做されてきました。
日本もそのおおらかさを
ある意味許容してきた中、
このシチズン・クロノメーターには
その緩みが一切ありません。

日本の時計がクロノメーター検定の
”威光”にあやかったかのような、
生易しい物語ではない事実に緊張が走ります。
改めてそのボディを見ると、
インパクトを前面に押し出した
佇まいに妙に納得感を覚えます。

ドカンと目に飛び込んでくる迫力は
巨大な建造物のようでもあり、
実際に頑健で高い信頼性を持つことを
力強くシャープな輪郭線の集合体で
主張してきます。

『時計としての正確無比さを見た目で見せる』
という国産時計のデザインの流れを
創り出したのはこいつだったのか?
そう感じさせる何かがこの時計にはあります。
時計としての文脈を知っていると、
もはやオーバーサイズであることが
許容できる気さえしてしまいます。

実際、このサイズがなければ
レーザー光線のように伸びる針や光、
ただならぬメダリオンの空気は
再現できなかったでしょう。
表現手段としてのサイズ感を徹底的に
利用してやろうという意図を感じます。

この時計をどう着けこなすかは
腕の細い店主は毎回悩むのですが、
スーツといった王道スタイルは
店主の場合少し避けたいと考えます。
ゆえにヴィンテージ要素を感じさせる
モードで合わせることが多いです。

その隙の無さは硬さとしても映りやすく、
同時に当モデルのある種の狂気性は
時代の最先端を行く尖りを持ち合わせます。
ゆえに無難に纏めてしまうのは
ちょっともったいない気もしています。
店主は大型モデルを着用するシーンは
冬場と決めています。
袖元に時計を隠すことで時計の存在を
コントロールできるため、
時計ばかりに視線が集中することを
避けるようにしています。

アイコニックなデザインであふれた
現代において無難そうな顔をしながら、
ここまで狂気を内包する時計というのが
White Kingsとしても実に面白く、
難しいほどに提案したくなってしまう
捻じれを生み出しています。
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店主はこの時計を眺めていると、
圧倒される感情の中に少し恐怖を感じます。
これは当店がOMEGA(スイス製)を
専門に扱うお店だからか、
余計にそう思うのかもしれません。
真面目に作りこめば作りこむほど、
完成されればされるほどに滲んでくる狂気。
『…本当にここまでやる必要があるのか?』
という何とも言えない不穏さ。

ヨーロッパ由来の紋章。
ヨーロッパのクロノメーターの表記。
ヨーロッパの金属加工技術。
完膚なきまでに作りを追求する執念。
全てが欧州文化の”象徴”だったはずなのに
いつの間にかそれを日本の時計が背負い、
知らぬ間に欧州文化の真隣に立っている。
そこに底知れぬ恐怖を感じます。

大鷲のメダリオンの眼を見つめていると、
スイス時計の来たる未来を知っているような、
警告にも似たぞっとする感情を覚えます。
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冒頭の通り、
当店はOMEGAの取り扱う年式を
絞ってラインナップしています。
日本製時計の襲来によって
世界に何がもたらされたのか。
ラインナップが暗に示しています。
店主はOMEGAやスイス時計の歴史を
都合よく編集したいとは考えていません。
OMEGAだけを見ていては見えなくなる
歴史を可視化するための対称軸として、
当店は国産時計を語るべきだと考えています。
ゆえに当店は国産時計が考えた
『最高の答え』
をOMEGAの真隣に置いています。
私たちは変えられない歴史を直視し
許容することで、
OMEGAや機械式時計の黄金期の
意味を考えるきっかけとしています。
OMEGAを愛するためにOMEGAだけを見ないこと。
当店が国産ヴィンテージウォッチを扱うことで
歴史の波に消えていった時計たちの愛おしさに
向き合えたらなと考えています。
今回は世界を揺るがした
とある国産時計についてお話ししました。
White Kings

