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2022/06/30 00:54

こんばんは。

White Kings店主です。

沢山のご来店誠にありがとうございました。





3年ぶりの開催ということで、
当店もラインアップにかなり力を入れて挑みました。
ポップアップとしては過去最大規模となりました。








当店はヴィンテージウォッチを
『コレクターは、たまらない』
『好きな人は、好きなんだろうね』
では終わらせたくない、と思っています。

もっと気軽に、身近に。
日常に寄り添う時計として、
その魅力や格好良さに触れて頂きたい。
と考えています。




そのためにもコラボ企画は継続開催してまいります。
今後ともよろしくお願いいたします。



重い腰を上げて、久々のコラムです。

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言葉というのはなかなか厄介です。

一見平等なようで、
『誰が』『どのような立場で』
『どのような体験を基に』口にしたかで、
重みや意味それ自体が変わってしまいます。

逆に言葉だけが独り歩きして、
発言者の意図しない方向に進むことも
よくあるものです。

ヴィンテージウォッチを扱っていると、
『物は言いよう』なんて言葉をよく耳にします。

要約すれば
『どんな商品でもトーク(口先)次第でどうとでもなる』
『エイジングはこじつけ』
という発言意図です。




上辺のセールストークに消費者が辟易する中
それは一つの真理である。と同時に、
当店が少し寂しくなる言葉でもあります。

エイジングという言葉だけが独り歩きし、
『動産的価値』『貴重で高価なエイジング』
と囃し立てられる。

その風潮を
『言葉に踊らされている』『ただの汚い時計』
嘲笑する人々が現れる。

こういったムーブメントからは
一定の距離を置く当店ですが、
いざ直面するとやはり気落ちはします。



当コラムでは度々取り上げている通り
スタッフは元々消費者側の人間で、
ただの時計好きの集まりです。
業界出身でも、家業でもありません。

お客様と対等な目線であり続けるのが、
当店のスタイルだと考えています。

ヴィンテージが好き 。
エイジングした個々の表情が好き。
という純粋な気持ちと、
時計を通して出会った人々を原動力に
お店を続けています。





誰も言葉にしてこなかった
老いた時計、時を重ねた時計の抽象的な魅力や
感性的なニュアンスを、自分たちの体験を基に
言葉や映像にして発信する。

専門的な言葉は対面やお電話で
少しでもわかりやすいよう、
かみ砕いてお伝えする。

大手のような資本もカリスマ性もない
当店が唯一できることは、
自分たちが好きと思える個体だけを集めて、
一見莫迦莫迦しいような時計の”見え方”を
大真面目に、本音で発信することだけです。

もしそこに共感がなければ、当店もそれまでです。

上辺だけ飾り立てたセールストークは
当店の時計たちには必要ない。と考えています。


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『物は言いよう』と揶揄される
エイジングした個体ですが、
最もやり玉に挙げられるのは
『スパイダーダイヤル』
と呼ばれる文字盤の経時変化です。

これは、ROLEXのヴィンテージ界隈で
一躍認知されるようになったエイジングです。

文字盤表面にクラック(ヒビ)が入り、
蜘蛛の巣が張ったように見えることから
そう名付けられたとされます。

これはROLEX(メーカー)側からすれば、
明らかな品質的欠陥でした。
事実、メーカーにOHを依頼すると
容赦なく文字盤は交換されます。

製造年数の短さとメーカーの強制交換もあり、
現存個体は極端に少ないとされます。

正直に申し上げると、店主はスパイダーの魅力が
『まったく』理解できなかった立場です。
世間が良いと言うから、格好良いのだろう。
そのくらいの認識でした。

まず、実物を殆ど見たことがない。
ショーケース越しに見ても、よくわからない。
画像だと尚更、良さが分からない。
『稀少性』『資産性』ありきで魅力が
語られることもモヤモヤする。

何より、説明する側の人々の口から
『なぜ、スパイダーダイヤルが発生するのか』
『この文字盤の何が、どう良いのか』が
具体的に語られない。というのが、
消費者だった店主には胡散臭く映っていました。


このスパイダーダイヤル、ROLEXでは
1980年代の一部の個体に見られる現象として
知られています。

しかしそれより更に10年前。
OMEGAがROLEXに先駆けて”失敗”していた。
というのはあまり知られていません。




この個体は、黒々とした艶やかなミラーダイヤルです。




店主がこの個体を入手した当時、
『随分と状態の良いミラーダイヤルだな』
と思いつつ、
カラトラバを彷彿とさせるベゼルを
延々と眺めていました。

日の光が差した瞬間、
風防に小傷のようなものを見つけました。
しかし妙な違和感があります。
顔を近づけると小傷が消えてしまうからです。

見間違いかと思いながら何度も光に透かすと、
思いがけない事実に気がつき非常に驚きました。

この個体が、店主が毛嫌いしていた
”あの” スパイダーダイヤルだったからです。


1973 OMEGA Geneve Black mirror spider




この個体がスパイダーダイヤルであることは
正面からは殆ど分かりません。




斜めから、透かしながら…じっくりと観察し、
ようやく表面に無数のクラックが走っている
ことが確認できます。




グロッシーな表面から突如現れる、
歪み(ひずみ)のような姿。

その神秘的な表情の変化に、
何度も何度もフェイスを光に透かしてしまいます。


この文字盤を目にした瞬間から、
店主は経時変化の要因に興味深々でした。
全てのエイジングは必然で、
何かしらの原因があるからです。


そして何より、その表情を初めて
『魅力的だ』と感じてしまったからです。





スパイダーダイヤル化は、
艶のある文字盤=ミラーダイヤル
で起こることが知られていますが、
全てのミラーダイヤルで起こるわけではありません。
特定の年代のミラーダイヤルでのみ、発現します。

化学的知見のある方や
モノ作りに携わっている方であれば、
このクラックがどのように発生しているか
おおよその予想がつくはずです。

『熱収縮』です。

物体は、熱によって膨張したり縮んだりします。
時計の文字盤も、素地となる文字盤の金属面と
塗装面では熱による膨張率と収縮率が異なります。

つまり、
文字盤を構成する素材の膨張と収縮の
”差”によって塗装面側が耐え切れなくなり、
クラックが入るのです。

この年代のミラーダイヤルは、
熱による影響を受けやすかった、と言えます。
メーカーの耐久試験が甘かったのでしょう。

これはROLEXコレクターの間では有名な話で、
スパイダー化を進行させたくない場合
恒温=一定の温度下で保管することが推奨されます。


店主はこのエイジングを見た瞬間、
どこか見覚えのあるような懐かしい
感情を抱きました。

昔、祖父と一緒に作った焼き物(陶磁器)の表情です。





陶磁器の世界には、
『貫入』と呼ばれるものがあります。
陶磁器の表面に塗られた釉薬(ゆうやく)に
細かく入ったひび割れのことです。

このひび割れは多くの場合意図的に入れられます。
素地と釉薬、焼成温度のバランスを緻密に計算し、
焼いた器を冷却することで発現させています。

あるいは、経年の中で様々な要因を受け
徐々に”育っていく”ものもあります。

要は、発生原理はスパイダーダイヤルと
全く同じなのです。

ちなみに工業的に製造される陶磁器によっては、
貫入は”品質不良” ”改善対象”とされることもあります。
見方によって、良くも悪くも解釈されるのです。
ここも、スパイダーダイヤルと同じです。


再び文字盤に目を移します。




幾重にも入ったヒビ。
光が差し込むことで、奥深い景色を成しています。




なるほど。素直に美しい。






掌を反す…とはまさにこのことですね。



こちらは同年代の"白文字盤"のスパイダーダイヤル。




ブラックミラーダイヤルばかり注目されますが、
スパイダーダイヤルに"色"は関係ありません。

白文字盤や他の色でも、
塗装の素材が同じなら同様の現象が起こり得ます。

ただ、色によって割れ方が微妙に違う...気もします。
店主の少ないサンプルの比較で、ですが。



こちらは経年で陰影が差し込み、
個性豊かな表情を呈しています。



※当店サンプル品。



こちらは未使用の個体。




こちらも澄明な表情ながら目を凝らすと
縮れたようなクラックを観察する事ができます。




それぞれに、確かな表情があります。
こればかりは実物を見ないと…と言ったところです。



今は言葉だけが独り歩きし、
希少性や資産性といった”上辺”だけ
世に広まったスパイダーダイヤル。

このような個体を目にして感じることは、
スパイダーダイヤルに価値を見出した人には
美術的な知見と感性があったのだろう、
ということです。

そしてそこには、確かな”美”が見えていた。
と、店主は思います。


様々な事象やモノに興味を持って接していると
思わぬ点と点が線でつながる瞬間があります。

とるになりない、意味が理解できなかったモノに
深みや意味を感じ取ることができた瞬間は、
世界の解像度が上がったような、
心が豊かになるような感覚を覚えます。

今後も、当店は人の感性を刺激する
エイジングについて化学的な実験や
知見を併せながら、ことの成り立ちとなる
”素地”を深く掘り下げていくつもりです。

スパイダーにも素地がなければ、
このような”うわべ”が生まれないように。



White Kings 店主