2024/09/20 00:29
こんばんは。
White Kings 店主です。
White Kings 店主です。
先月の陶磁器とヴィンテージ時計を
テーマとしたイベント『器と、時計展』。
非常に多くの方々にご来場頂き
誠にありがとうございました。
誠にありがとうございました。



当店はヴィンテージウォッチの
傷、シミ、退色...それらの積層の中に
宿る輝きを様々な形で発信してまいりました。
『綺麗か、否か』。
美の概念は元々人間が作り出したものです。
そして美の定義は誰が決めたものでもありません。
当店が標榜するヴィンテージウォッチの
『古色(こしょく)』は、
長年ヴィンテージウォッチの世界では
単なる劣化の延長として、
あるいは(商業的に)都合の良いすり替え表現に
過ぎないものとして処理されてきました。
これは経年変化に対する解像度の問題と同時に、
時計の機能性を損ねる(本来の意味での)不良を
全て『味』や『雰囲気』で片づけてきた功罪が
同居しているからだ、と当店は感じています。
以前LOW BEATの記事でもお答えしましたが、
汚れや傷みという言葉や概念も人間の都合で
線引きされたものです。
同時に、経年変化のプロセスを理解することで
単なる劣化や傷みに見えていたものが意味ある
カタチとして存在していることに考えが及ぶ。
ということもお伝えしました。


その時を経た姿カタチを『格好良い』とか
『美しい』と感じるかどうかは、
結局は個々の感性や人生感次第と思います。
同時に、心の内にある言葉には尽くせない
感動や興奮・安らぎをその経時変化から
感じ取っている人たちの姿を見ていると、
物質的な豊かさとは異なる豊かさを
感じずにはいられません。

器の焼成も時計の経年も、
不可逆的な変化によって起こります。
つまり、
『遡って元の状態に戻ることはない』
と言うことです。
元に戻そうとしても戻せない。
結果には抗えないからこそ、
その個性の”今”を大切にする考えを
持ち続けたいと当店は考えております。

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今回はそんな独創的な変化を遂げた
時計たちにフォーカスしたいと思います。
まずは『金焼け』。
ヴィンテージウォッチのゴールドカラーの
魅力と言えば金焼けでしょう。
金が焼ける?と疑問を持つ方も多いですが、
実際、純金を除けば金合金は経年変化します。
割金(わりがね)と呼ばれる、
金の発色や硬度をコントロールするために
配合される金属が複雑に経年するためです。
そしてこの割金は年式やブランドによって
そしてこの割金は年式やブランドによって
配合が異なります。
つまり表記上は同じ14金や18金であっても、
経年の出方がまったく違ってきます。

1958年、コンステレーション。
OMEGAの精度の歴史そのものを背負い
旗艦モデルとして君臨し続けた、
『精度の王者』です。

※お客様私物
時刻装飾であるインデックスが、
金焼けにより深いローズゴールドに変化しています。
元々このインデックスはボディケースと
同色のイエローゴールドでした。
このように一部分だけ強く焼けるのは
1950年代の個体では珍しいことではなく、
使用環境や当時の製造過程も多く影響しています。
ただこの個体のようにインデックスがここまで
金焼けするのは稀と言えるでしょう。
貴金属としての考えでは金焼けは
除去対象として扱われてきました。
これは金の持つ『永遠の輝き』を
保たせるためです。
※金焼けが素材の耐久性などに
影響を及ぼすことはありません。
金焼けは経年の中でも最も除去しやすい
部類の一つです。
しかし数十年人の手で使い込まれる中で
生まれたグラデーションは得も言われぬ
複雑な表情を形成します。
その鈍い輝きは独特の凄みを放ちます。

ヴィンテージアクセサリーを
愛用する人々の間では
”金素材はむやみに磨かない”
という考えが浸透しています。
これはそれらアイテムが
過去から未来に受け継がれるものであり、
使い込む中で色味や風合いを育てていく
という価値観に基づくのが理由です。
無暗に研磨剤で磨けば本体が削れて痩せ、
モノがもつ歴史と表情も消えてしまいます。
オメガ・クロノメーター(成約品)。
こちらも見事な金焼けでした。

金の中に赤みと青みが複雑に入り乱れる
揺らめくような焼けは陽炎に似た表情でした。
対して、アイコニックな時計では
見落とされてしまいがちな
ヴィンテージウォッチの豊かな表情が、
経年によって克明となる例もあります。
それが文字盤の『褪色』です。

こちらは先のコンステレーションと同年代の個体。
文字盤の『黄変(おうへん)』が、
醸成された風格を漂わせています。


※現在販売中(2024.09.20)
この"黄変"は50年代の個体に多い褪色で、
60年代以降で見かけることはあまりありません。
古書のような重厚感といったところでしょうか。

不均一が重なることで均一な焼けとなった、
まさに人がコントロールできない領域です。
こちらは1962年のモデル名未表記個体、
通称: ノンネーム。


個人的に店主のお気に入りの個体です。
装飾性を敢えて抑えた作り込みで、
却って細部の輪郭や作りの良さが際立っています。
例えばインデックスの根元が大きくえぐれた
デザインは一見すると気がつかないレベル。

これによって装飾が宙に浮いているような、
不思議な浮遊感が表現されています。

装飾を取り去る中で見えてくる気づきは、
詫び錆びに似た感覚を覚えます。
仄かに緑がかった文字盤は陶磁器のよう。
ドーム文字盤や針に表れた経年は
時の中で変化した必然そのものです。


それらが持つ”自然さ”と向き合う中で、
『”綺麗に直す”とは何か?』
『”綺麗に直す”とは何か?』
『綺麗 / 美しいとは何か?』
を思わず考えてしまいます。
1941年のTISSOT(ティソ)。


当時の作りの良さが光る1本です。
経年した表面のラッカー(艶出し保護剤)が
経年した表面のラッカー(艶出し保護剤)が
飴細工のような光沢を帯び始めています。

これほどまでの黄変が進んでなお、
青く焼き込まれた針(ブルースチール)
が放つコントラストに息を呑みます。

言葉を尽くしてもこの実物が持つ空気感は
とても伝えきれません。
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深く、精神的な味わいを帯びた世界。
それを掬(すく)いとりたくなる心情を、
それを掬(すく)いとりたくなる心情を、
どう表現したらよいか?
長らくそう考えていたのですが、流石日本語。
『滋味掬(きく)すべき』という表現があるそうです。
そうした言葉があることに驚くと共に、
先人たちがモノを通して見た景色が
現代の我々の中にも生きていることに
現代の我々の中にも生きていることに
安堵と希望を感じます。


年代ごとに起こる経年=エイジングと
文字盤や外装に現れる表情に、
人が年を重ね深みを増していく姿と
同じものを当店は感じています。
一人ひとりが持つ数奇な人生と同じく、
時計もまた他の時計にない足跡を辿り
今この場に存在すると言えます。
言葉を尽くしても伝えきれない世界。
それでもなお私たちはこの時計たちが持つ
”滋味”をお伝えするために、
コラムやイベントを通して言葉と説明を
尽くしていきたいと考えております。
次回、10月のイベントはパシフィコ横浜の
『VCM』です。
皆様とお会いできるのを楽しみにしております。
White Kings 店主