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2022/02/11 00:27

こんばんは。

White Kings 店主です。


店主がヴィンテージウォッチを始めてから
10年が経ちましたが、
当店は正直まだまだの域だと感じています。

上には上がいますし、
知識だけではどうにもならない
経験量や”モノの見方”というものがあります。




どのような研究分野であれ、知識さえあれば良い
ということはありません。
お客様のもとに時計を送り出すたび勉強の連続です。


当店が時計の勉強を通して学んだことは

先入観を排除する。
多角的な観測を行う。
"事実"と"真実"を履き違えない。
そして、
他人の言う”真実”を鵜呑みにしない。

ということです。


事実は誰にでも平等です。
しかし、真実は人の数だけ存在します。
事実という"点"をどのように結ぶかで
浮かび上がってくる"線"の形、
真実の形も変わってきます。

例えば優先座席に座っている健康そうなAさんが
体が不自由そうなBさんに席を譲らなかったとします。

それを見ていたCさんが
『優先席を必要とする人に席を譲らない酷い奴がいた』
と第三者に伝えたとしたら。
Cさんの話は”事実”でしょうか。

Aさんは目が悪く気がつかなかったかもしれませんし
席を譲れないほど具合が悪かったかもしれません。

Bさんは優先席を必要としていないかもしれません。
Cさんは実はAさんを嫌っている人かもしれません。

事実だけを見れば、Aさんは
『優先席に座り続けた人』でしかありません。

Aさん、Bさん、Cさん。それぞれの真実があります。




......何のこっちゃ?という話ですが、
当店の発信する情報は”当店なりの真実”である
ということです。

Instagramの情報も、呼称も、写真の撮り方も
『私たちにはこう見える、こう感じる』
を発信し続けているに過ぎません。

それを”事実”として二次的に発信されてしまうと
それは事実ではない可能性を多分に含んでいます。


借りてきた言葉はとても空虚なものです。
同時に言葉や発言には責任がつきまといます。

事実を一つひとつ丁寧に積み重ね、
”自分なりの真実”を育むことが、
生き方を豊かにできるんじゃないかと
時計たちを通して当店は感じます。


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『Seamasterのデビューは1948年』
これはOMEGAの公式見解です。

多くの愛好家の間でもこれは周知の事実です。
実際、Seamaster(シーマスター)のペットネームが
広告で使われたのも1948年頃であると思われます。




”思われる”というのは、
実際には1948年以前からSeamasterの
定義に当てはまる時計が販売されていた
形跡があるためです。

1940~1950’s当時のSeamasterの定義を紐解くと
・防水仕様のアクリル風防
・防水仕様の竜頭
・防水仕様のスクリューバックorスナップバック
がマストであるとされます。

最初期のSeamasterにおいては
・自動巻き
も条件に加わります。

※繰り返しになりますが初期のSeamasterは
  ダイバーズウォッチではありません。


これは過去の販売記録やOMEGAの記録
(アーカイブや販売広告)を基に判断した
結果となります。

意外と『スクリューバックである』とか
『文字盤にSeamasterと刻まれている』とか
断材料ではないのが面白いところです。

Seamasterの全貌を腰掛半分で紐解くのは
不可能でしょう。



ところで、初代Seamasterの逸話の中で
長年ふんわり濁してきた話題があります。

『本当の初代Seamasterはどのデザインなのか?』
という点です。

当店はお客様からよくこの質問を受けるのですが
『正直、よく分かりません』と答えています。


こう答えると、
『2018年にヘリテージモデルとして復刻した”1948”の
  元ネタが当時の最初期の個体でしょう』
という声が聞こえてきそうです。

事実、OEMGAの公式資料で度々引用されるのは
”1948”のベースとなったクロノメーター表記の
『スモールセコンド』とノンクロノメーターの
『センターセコンド』です。




これを以って
『初代Seamasterのスモールセコンドは
  クロノメーター仕様として販売された』
『センターセコンドはノンクロノメーター仕様』
と結論付ける媒体もあります。


が、店主はこの見方に懐疑的です。
1948年の広告資料などでは、たびたび前述の
『Seamasterのペットネーム表記がない個体』が
” Seamaster ”として登場するからです。

時系列としては、それからしばらく経ってから
ペットネーム入りのモデルが登場します。

各ムーブメントの開発時期からしても、
クロノメーターモデルが最先発というのは
何となく腑に落ちません。
※市場投入自体はクロノメーター機が
 先行することはよくあります。

店主は”例の”クロノメーターモデルを
全面に押し出した当時の広告や
パンフレットを見たことがありません。
※あったら是非譲ってください。

何より、当のOMEGAもあの2本が
『真に最初期のSeamasterそのものである』
とは、媒体で述べていないはずです。

『これが正真正銘のファーストモデルなんだ!』
と捉えるのはミスリードというか、
あまりに純真すぎる...気がします。


当時のOMEGAは今と同じメガブランドであり
一つのモデルに様々なデザインを用意していました。

複数のデザインを同時展開するのが常であった
当時において、むしろ『この顔がSeamasterです!』
と決まっていたというのは不自然な気がします。

つまり
『Seamaster』とは元々"個のモデル"ではなく
シリーズ全体を指す単語に過ぎないのでは、
という事です。

市販化された初代Seamasterというシリーズは
デビュー前後に流動的に形成されたのではないか?
ゆえに、『初代=これです』
という明確なデザインはないのではないか?
あったとしても、実はかなり地味…なのではないか?
初期バリエーションから『公式の”顔”』として
選ばれたのがOMEGAの所有するあの2個体では?
という仮説も生まれます。

もしそうであれは、様々な資料の中で
当時の広告や個体画像が系統立てて
紹介されない理由も何となく説明がつきます。


人は単純明快なモノに説得力を求めがちです。
『こうです』と言われたら、
腑に落ちた気になってしまいます。

『本当の初代Seamster』
という幻想に捉われた我々が、
有りもしない『本当』を
作り出しているかもしれません。


OMEGAがあの2モデルを
『真の初代Seamasterだ』
と言えば、それは一つの真実となります。

1947年ごろに出回ったペットネームなしの個体が
『本当の初代Seamaster』かもしれません。

恐らくOMEGAが所有しているであろう
当時のプロトタイプも『本当の初代Seamaster』
だと言えます。

あるいは、最も古いシリアルNo.を持つ個体が
『本当の初代Seamaster』とも言えます。

もっと言えば、一番最初に市販化されたモデルは
全て『本当の初代Seamaster』でもあります。



”本当”や ”真実”は、どこにでもあって、
どこにもないのかもしれません。

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では
『初代で最も認知されているモデルはどれか?』
という問いであれば、当店も答えられます。

これらです。

1950’s OMEGA Seamaster bumper





1950’sと聞いて
『初代じゃないじゃん』
と思われたかもしれません。

実は初代Seamasterというのは
1940年代だけ作られたわけではありません。
1950年初頭までムーブメントを進化させながら
継続生産されました。

冷静に考えれば、鳴り物入りでデビューさせた
看板モデルを1,2年でフルモデルチェンジ
させることはそうそうないでしょう。

これらもれっきとした”初代”です。


初代Seamasterの仕様で拘る方が多いのが
スモールセコンドの外周=インダイヤルが
丸く彫り込まれたタイプ。




同心円状に削られたインダイヤルのデザインが
文字盤に奥行きと高級感をもたらしています。





こちらはセンターセコンドモデル。



OMEGAの公式アーカイブによれば、
このタイプの製造は何故か”1949年〜”となります。
元モデル(ミュージアム所蔵)にはCal.350という
古いタイプのセンターセコンドが積まれている
とのことです。
Cal.350搭載個体は1948年頃に製造されたもの
が存在するはずですが、市販化されていない
可能性もあります。


初期型は非常にベゼルが薄く、
一見ケースと一体型かと見紛うほどです。




初期型は特に薄さが際立っています。


ズドンと太いラグはSeamasterのアイコン。




この意匠はシリーズが細分化した
1960’sごろまで継承されます。

裏蓋にSeamasterと刻まれているものもあれば
刻まれていないものもあります。




単に過去の研磨で削られているから
というわけでもなく、
実際色々なバリエーションがありました。


内部にはこのようなハーフローターが
搭載されています。



腕に着けると、初期型ならではの
ハーフローターの『ゴトン』という振動を
感じることができます。

一見壊れているのか?と思うこの音と衝撃。
半回転しかしないローターがバネ(バンパー)に
衝突し、跳ね返る振動です。


他にも、ほぼ時を同じくしてデビューした
Seamasterはいくつか存在します。





そういったモデルを細かく紐解くのは
当店は割と得意な方と思います。
店頭でお話しできることがあれば、
出来る範囲でお答えします。

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自身で全て調べる癖のついている方にとっては
当店の情報はありきたりで特段目新しいものは
ないかもしれません。

私たちは、ヴィンテージウォッチは好事家
だけものではないと考えています。

一見とるに足りぬもの、見過ごされてきたものに
スポットを当てるのもまた、時計好きな時計店
としての在り方と考えています。

こういう時計店があってもいいじゃないか、
とコレクターをやりながら傍から考えていた
お店が、今の当店の真実の姿です。

今回は長らく保留となっていた
初代Seamasterのお話でした。

White Kings